菜の花畑とノアの箱船

午前中、岩手で復興支援を含めた社会活動をしている、尊敬する友人2人と、スカイプで話した。

塩害のあった地域に塩を吸収してくれる菜の花を植えて、かつその菜種油を商品として売ることでさらなる支援につなげる。

菜の花畑には「ノアの箱船」と名付けられたエコハウスも建っている。

彼らは未来を見据えていて、しかし今を疎かにせず、次々と目の前にやってくることに感性を使いながら、真剣に向き合っている。

 

 

コミュニティを作りたいという友人が、私の周りには多い。

 

約10年前の2006年、社会人1年生の私は、ようやっと入れた東京のデザイン事務所で毎日必死になって生きていた。

中学時代からの良きライバルである友人は、当時パーマカルチャーを学び、石油が後何年もつか分からない、今のような持続できない社会の在り方を変えなければならない、と力説していた。

彼女は今、山麓で夫と子を持ち美術教師をして暮らしている。夫は畑で食べ物を作っている。

「旦那は無職に限る」ー忘れられない彼女の名言だ。

今の私はこの友人に影響を受けたところも大きい。

 

大学時代の先輩は、絵を描きながら農業に従事している。

仲間と共に農園を立ち上げ、自然農で栽培している。

知人のミュージシャンも、高齢で作業が出来なくなった農家の田畑を借り受け、仲間を募って農園を始めた。

ここの畑は波紋のカタチをしている。これが思いのほか美しいのだ。

 

彼らはみな、コミュニティを作りたいと言う。

そこだけが持続可能なだけではない、開かれた、学びの場としてのコミュニティ。

生きるちからを取り戻す場所。

 

 

生きるちから。

私たちは果たして、そんなものを持っているのだろうか。

 

 

 

2006年の私は、友人の言うことを面白いとは思ったが本気にはしていなかった。

石油がもしなくなってしまっても、代わりになるものを人類はどこからか生みだすのだろう、そう思っていた。

社会の在り方や、エネルギーの今後を考えるのは専門家の仕事であって、私には関係がない。そんなことよりも、自分の能力やセンスを活かしていかにより良い広告デザインが生みだせるか、社会にインパクトを与えられるか。

グラフィックデザイナーとしての肩書きを、誇りにも思っていたし、自分の感性を信じてもいた。

 

心とからだはつながっているか。心が先か、からだが先か。

 

働き始めて半年、新米デザイナーの仕事といえば、資料探し、資料づくり。カンプの作成、写真の合成、撮影の機材運び。

何が1番苦痛だったかというと、お腹が空いても食べられない。眠くても寝られない。休みたいのに休めない。

みんなそれなりに我慢しながら、仕事の状況に合わせてやれていることが、体力のない自分にはどうしてもできない…。

どうしてみんな、食べたい時に食べなくても、寝たい時に寝なくても、疲れた時に休まなくても、働けるのだろうか。

自分の方がきっとおかしいのだ…。

心とからだは同時に不調になっていき、同時に限界を迎えた。

メンタルクリニックで処方された薬を飲んだ時、わずかに、私の中のなにかがするどく悲鳴をあげて抵抗した。

それもつかの間、薬の効果があらわれ、抵抗も、空腹も、眠気も、疲れも、自己嫌悪も。全てが雨散霧消していった。

思い出せそうで思い出せない、始終ぼんやりとした空っぽの状態で、仕事は前よりもこなせるようになった。

薬を飲み忘れると、違和感が芽生える。違和感を消すために、薬を飲む。

私のなかみは空っぽになった。

 

 

しばらくした後、休みをとって帰省した私の空っぽの目に、道ばたの小さな枯草が映った。

それは実家へつづく見慣れた道ばた、いつもそこにあったけれど全く気付かなかったもの。

 

あまりにも違和感なく生えているこの枯草と比べて、薬を飲まなければ自らの存在の違和感を消すことも出来ない自分。

どうしてこんなに不自然な存在になってしまったのだろう。

お腹が減ったらご飯をおいしく食べる、眠くなったらぐっすり眠る、疲れたら休んで自分をいたわる。

この当たり前のことができなくなった時、こんなに不自然な存在になってしまったのだと気付いた。

 

仕事を辞めて、実家に戻り、しばらく無為な時間を過すうち、なにかを作りたいという衝動が湧いてきた。

なにか表現がしたい。自分の五感や感性を通して捉え直したこの世界のことを、なにかのカタチで表現がしたい。

芽生えては咲き実り、枯れて朽ちて次の種になる、道ばたの草にひそむ美しさ。

自分以外のほかのものになんてなろうとはしないその姿に、生きる本質を観たような気がした。

 

こんな大切なことを感じとれた自分の感性を、再び信じることができるようになった。

生きるちからが湧いてきたと思った。

 

生きるちからとは、土から食べ物を生みだす技術のことではなく、日々の暮らしを支える能力でもなく、自分を信じるちから。

自分が感じた違和感に耳をかたむけ、自分の心やからだのことばに向き合い、そうすることができるのだという自信を持つこと。

生きるちからとは自分を信じるちから。

私は心からそう思う。

 

 

 

岩手の友人とコミュニティについて語り合っていた時、最近気にかかっていた佐治晴夫さんのことばを引用した。

「人に希望を語ることが、生きている人間の役目だと気付いたのです。」

何気なく口にしたことばだったけれど、今ならこう思う。

「人に希望を語れる人間は、きっと自分自身を信じている人だろう、でなければ、人に希望など語れない。」

 

 

みんなが持てる能力を持ち寄り、お互いを尊重しあい、資源や環境に感謝をし、持続可能であることはいうまでもなく。

これからのコミュニティに本当に必要なことは、それぞれみんなが自分自身を信じていること。

自分の感性を、直感を、能力を信じれば、自分はどんなことがやりたくて生まれてきたのかが、自然と思い出せるのだ。

天国の春のような菜の花畑のそばに控えた「ノアの箱船」。

そこで構想を得た「生きるちからを取り戻せるコミュニティづくり」に、俄然興味が湧いてきた。